研究内容
医療応用を目指した生体深部イメージング技術の開発
蛍光顕微鏡に代表される光イメージングは高空間分解に生体,組織,細胞などを生きたまま観察できる方法として,医学,生物学の分野において必要不可欠なものとなっている.長年の光計測,光源,分光技術の発展に加えて,光吸収,蛍光,光散乱などが分子特異的であるという性質を利用しているため,光イメージングは分子を対象として高コントラストな画像化が可能である.しかしながら,光にとって生体は高散乱体であるため,生体深部の観察が困難であるという問題が存在する.一方,医療で一般的に用いられるコンピューター断層撮影法(Computed tomography; CT),核磁気共鳴画像法(Magnetic resonance imaging; MRI),超音波画像診断装置(Ultrasonography; US)は生体深部観察することができるが,光イメージングのような高空間分解能,高コントラスト像を得ることは難しい.図1は,横軸を空間分解能,縦軸を深達距離としたときの種々の生体イメージングの観察可能な領域を示している.図1からわかるようにミリメートルからセンチメートル(皮膚や管空臓器など)の生体深さを数十から数マイクロメートル(細胞の大きさ)の空間分解能で観察できる方法は存在しない.そのようなギャップを埋める新しい生体可視化技術を開発することが我々の研究の目的である.そのための方法として,特に光と超音波を融合させた光音響イメージングの研究,開発を行っている(図2:光音響イメージングにより得られた像の一例).


光音響顕微鏡の空間分解能向上のための波面制御
光音響顕微鏡法では,対物レンズを用いて生体に集光照射し,発生した光音響波を検出するにより画像化します.高倍率の対物レンズを使用することで高空間分解に観察することができますが,生体深部になれば収差の影響により,光音響像にボケが生じます.この問題を解決するために,簡便に光学系に導入できる透過型液晶補償光学素子を導入し,空間分解能の向上を示しました(図3,Y. Notsuka, et al, Proc. SPIE 11240, 1124039, 2020.).補償光学素子とは,光の位相を空間的に変化させることにより波面を制御する技術です.液晶分子の傾きが印加電圧によって変化し,屈折率が変化する性質を利用しています(図4).


がん細胞は何を求めて動く?がんの転移メカニズムの解明に向けた研究
がんは日本人最多の死因ですが, 約90%が転移によるものです.転移とは, がん細胞が発生した部位から離れた別の部位に移動し新たな腫瘍を作ることで, 血管を介し移動するもの(血行性遠隔転移)があります.がん克服には転移を防ぐ必要がありますが, 転移のメカニズムは解明されていません.
当研究室では血行性遠隔転移メカニズムの解明を目標に研究を行っています.具体的には, がん細胞が発生した部位から離れ血管に到達するまでの過程(血行性遠隔転移の初期過程)において, がん細胞が血管の周囲に存在する何らかの因子を手がかりに血管に向かって能動的に遊走する可能性を検討しています.なかでも, このような因子としてpHと酸素濃度を調べています(図5).
がん組織中では, 血管から離れるに従ってpHや酸素濃度は低くなっていきます.このような条件を細胞培養ディッシュの中で人工的に作成し, 条件下の細胞がpHや酸素濃度が高い方向(=血管に向かう方向)に遊走するかどうかを観察・評価することでpHや酸素濃度が因子となるのか検証を行っています.現時点で, MDA-MB-231というがん細胞が高pH方向に向かって遊走することを示しました (図6,E. Takahashi, et al., Int. J. Mol. Sci 21, 2565, 2020.).

